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宮地楽器音楽アカデミー特別インタビュー

2025/09/21(sun)
講師 﨑谷直人 / 聞き手 足田久夢

﨑谷直人 﨑谷直人
ソロ、デュオにカルテット、様々なオーケストラのゲスト・コンサートマスターと多忙な演奏活動の傍ら、﨑谷先生があえてアカデミーを始められた思いに就いて
﨑谷)

今は小さい頃からYouTubeなど自由に聴いて、よい音楽の雰囲気だけなら容易につかめるような時代になって、だからこそ実際の勉強の仕方に迷う世代でもあると思うんです。また、昔ならソリスト至上主義でソロがだめならオーケストラで、と音楽人生を考えてきたところがあったけれど、今は学生のうちから本職は別の職業でもカルテットは続けていきたい、とか学生オケでもファースト、セカンドどちらも弾くし、カルテットもやる(これはもしかしたらウェールズ・カルテットの影響もあるかもしれないけれど)、そのうえにコンクールを目指すという風に演奏の可能性を網羅していく人が多い。

それに伴って昔のような「オケに入ってゴール」ではない演奏家としての生き方も多様にひらけてきたと見えるけれど、では、それぞれの音楽人生に沿って具体的にサポートできる指導の場があるか、と言うと、正直なところ音大出たらそれっきり、なんですよ日本では。あとは自分で頑張りなさいっていう。

足田)

一般の大学生なら就職セミナーに参加するなど、もっと具体的なサポートの場も色々あると思うのですが。

﨑谷)

オケに入団すると言っても、たった1名の応募に対して80人くらいどっと押し寄せてくるわけで、コンテストで入賞するより険しい現状だけど…オケ入団の為のサポートって出来ないのかな。あるいは留学をどうしようとか、ソロリサイタルの準備として具体的に何をするのか…自分の生活と音楽をちゃんと結びつけるためのアプローチをこのアカデミーではしていきたいと思っているんです。

足田)

職種としての音楽や、それで社会的な位置を得られるノウハウを教えてくれる場所というのは確かになかった、と思います。

﨑谷)

ここに来てくれた生徒には「音楽で困らずに食べていく」方法を共に考えていきたいと思っています。演奏だけではなく音楽を教えていく道もあるし、楽器店に勤めながら仲間でリサイタルを企画していく生き方もある。専門的に楽器演奏を学んできたら、それを販売する側に回っても最適なわけだから。自分らしく、自分の強みを一生活かしていける基盤を作る場にしたいですね。

2025年5月にアカデミーを始められてからのご感想
﨑谷)

今はコンクールを目指している藝大の子とオケ入団を目指す東京音大の生徒かな。アカデミーでは大学などの指導教授に許可を貰って参加する形にしているので現役の音大生も来易いと思う。それに小学3年生の子が在籍しています。この子は自分から志願して、ボランティアで病院でも演奏している。

足田)

すごいですね。

﨑谷)

でも、そんなやる気のある子でも時には気持ちが揺れることもあると思う。

足田)

そんな時一番大事にしている、ご指導の在り方というか?

﨑谷)

その生徒が音楽に対してフィジカルな才能の勝った子なのか、感性が勝っているのか見極めること だと思います。余り教えなくても勝手に指が正確に動く子がある。これは運動能力がヴァイオリンに適している生徒。でも、音は不安定でも、すごく耳が良くて正しい音、美しい音を出そうとしている子もいる。これは感性がそれを求めるんです。フィジカルと感性両方揃っていたらもう教えることないけれど(笑)大概、どちらかが弱い。音大生でも、自分がどちらの才能があるのか案外無自覚な子も多いですよ。

自分は子どもの頃けがをして、小指の筋を断裂する前まではフィジカルの才能があったと思う。そのままマッチョにバリバリ弾いていたら今と全く違った音楽家になったと思うのだけど、成長しても筋肉がついてこないし…そこで発想の転換をして、他人とは違う自分だけの音とか、演奏のアイディアをじっくり考えて弾くようになった。

だからどちらのタイプなのか肌感で分かるし、それで指導の仕方も全然違うことになる。フィジカル先行タイプには、音楽に盛り込む感情を自覚させていく。ここにはどういう思いを込めるのか問うていく。感性先行タイプにはそんなことは一切言わない。もう十分自分の籠めたい気持ちがあるのだから、それを表現する為の具体的な技術を積み重ねていく。

不思議なもので、生徒が苦労していると自分が壁に突き当たった当時に気持ちが戻るんですね。それで、自分が解決しなきゃいけない問題だな、って思いで向き合えるんです。

先生からのメッセージをお願いします
﨑谷)

音大は出たけれど、もう少し勉強したい、とか留学したいけどどうしよう、とかオーディションはどうする、となったらアカデミーに来て欲しい。音楽の道に迷ったらおいで、という《駆け込み寺》みたいな場所にしたいんです。小学生でも、コン・マスでもカルテットでもそれは同じ。僕だけでなく、東響でコン・マスを務めている小林壱成氏も国内外での豊富な経験から教えられることが多いし、僕とウェールズ・カルテットを組んでいる三原久遠氏も、例えば生徒がスコアリーディングで困っていたら、まず彼に、と思っているのだけど音楽解釈の技量が極めて高い。おいおいは、たとえば配信方面などもサポートできる人材とか、要望により広く応えられる教授陣にしたいと思っています。

アカデミー入学には一応試験というか、ビデオで演奏を聴かせてもらったり、面談もしていますが「どういう形で音楽をして行きたいのか」が知りたいだけです。誰かの強制ではなく、自分がやりたい!という熱意があれば大丈夫。一緒に出来ると思う。

インタビューの後に・・・

今回、﨑谷先生宅で行ったインタビューは、先生のクライスラーを主とした新しいCD「Wien 1905(仮題)」取材もかねて伺ったのだが、曲を説明しながら先生がさらっと説明部分を弾いてくれるのが嬉しかった。
「で、これってイザイの無伴奏ソナタ第4番なんだけど」厳格なバロック調の響きを何気なく先生が弾き始めると、同行していた妻が目を丸くした(先生とは長くオケ仲間だった)。 「それってクライスラーの《前奏曲とアレグロ》の?※」
「4番はクライスラーに献呈されている。イザイからのリスペクトだよね、ここは。弾いてみる?オレの楽器で」先生は笑って、優美な胴のふくらみをした楽器を無造作に妻へ手渡した。妻がアレグロの部分を弾くと
「おお。良く鳴るねえ」と、また上機嫌に笑う。
「鳴らないものなんですか」と筆者が聞くと
「オールド楽器はなかなかね。あ、そこは肘を心持ち高い位置で、もすこし」先生が妻の前に立って手短に指導するとびっくりするくらい音色が変わる。
「その音。で、ここなんかフランコ・ベルギー派特有の指遣いでしょ、こうすると」先生が普段使われている愛器ロジェリを構えると、いつも聴いている﨑谷直人の繊細な音がした。
「そっちのサント・セラファンは低音が良く響いてフルボディの感じだよね。同じアマティの流れでも」二人とも確かに遊んでいるのだが、真剣勝負で立ち会っているようなテンションも秘められているようで、彼のレッスン風景をどんな言葉より実感できる、それは随分と贅沢な時間であった。

かつてXに《どうやって音楽の道を生きていくのか、今日のレッスンは小学生とみっちり話し込んだ。一度も楽器を持つことなく》と先生が投稿されていた…今まで技術を学ぶプロレッスンの場はいくつもあったけれども、生徒の「音楽の面倒を見る」というアカデミーのスタンス、先生の本気がハッキリと分かる言葉だと思った。

※《前奏曲とアレグロ》は、初めガエターノ・プニャーニ名義で発表された。プニャーニとその弟子ヴィオッティによってヴァイオリン奏法のフランコ・ベルギー派は19世紀に始まった。イザイ、 クライスラー、グリュミオー等はその流派を継ぐ代表的奏者である。