music in life 〜vol.3 座談会レポート(後半)〜

思いがけない音楽の輪が拡がっています。

若尾先生のレッスンで知り合った杉本さんと志賀さんは同じバンドでも活躍。
左はギターを担当される杉本さん、右は志賀さん

杉本さん、中村さん、三浦さんは子供の頃にピアノをやっていたそうですが。(続き)

三浦 僕も中村さんと同じ、ピアノレッスンブーム世代です。当時、手に負えないやんちゃ坊主だったんですが、幼稚園卒園のとき合奏で大太鼓を叩きました。一生懸命やったようで出来もまあまあだったらしいんです。音楽が好きなのでは?やらせてみたらという幼稚園の先生の勧めもあって、小学校入学と同時にピアノを習い始めました。当時まだ男の子でピアノを習っている子は少なく、「男の子のピアノは違うわね」なんて結構ちやほやされていたんですよね。
ところが、中学のときに替わった先生が、それはそれは厳しい人で、はじめに言われたのが「あなたの演奏を聞きましたが、一からやり直さなきゃダメね」って。練習しないでレッスンに行くと、ピアノの前に座る前に「今日は帰りなさいっ。」という人でした。部活などが忙しくなって、結局中3のときにやめ、それからは家のピアノをチョコチョコ弾く程度。
でも、1人でやっていると、弾ける曲だけ弾いているので、前に出来たものが弾けなくなってくんですね。「もったいないなぁ」という気持ちがあって、宮地楽器に大人の教室があると知って行ってみようかなと。体験レッスンから始めては早や10年。去年、発表会に10回出たということで表彰を受けました。

プロに習うと無駄がないんです。進歩が目に見えるんです。(大浜さん)

−−自己流では行き詰まりますか。

大浜 そう思います。ダンスを習ってきて感じたことですが、プロに習うと無駄がないんですね。次はどうしたらよいかの道筋をつけてくれる。 中村 練習してきませんでしたというと、その日は話をしているだけということもあるのですが、それが許されるのも大人の教室ならでは。

三浦 昔のように「帰りなさい」とはいわれないですから(笑)。

中村 忙しいとあまり練習できないし、休みの日にピアノだけを弾いているわけにもいかないけれど、発表会の前は真剣にやるというサイクルできて、ピアノのおかげで生活が充実しています。



−−杉本さんも子供の頃からピアノを?

杉本 多少やってはいましたが、再開したきっかけは7年前、スキーで大ケガをしたことなんです。入院中・リハビリをした病院にたまたまピアノがあって、車椅子でピアノに触り始めたんです。弾かなくなって20年くらいたっていましたが、確かモーツアルトの簡単なソナタだったと思うんですが、弾いてみるとだんだんと勘が戻ってきて。

−−ケガの回復には影響しましたか?

杉本 歩けなかったのが歩けるようになって、今は少し耳に後遺症がある程度。ドクターがびっくりするくらい驚異的に回復したんです。指を動かすこと、譜面を読んで指を動かすというのがいいのだそうです。家の近くに宮地楽器があったので、退院後、ピアノを買い、習うようになりました。



−−指先を使うことやピアノを人前で弾く緊張感は、脳の若さを保つにはいいといわれていますが、ほかにピアノをやってよかったことといえば…

天野 ピアノをやっているときは他に何も考えなくてすむ。これだけ没頭してやれるものはほかにはないですよ。碁や謡曲もやりますが、碁をうっていてもほかのことを考えますよ。ピアノを弾いているときは無心です。それと、気持ちだけでも若さを保てるのではと思っています。

大浜 気持ちが豊かになりました。「ピアノをやっているなんてすごい」と、特に女性に言われます。人間関係も広がって明るくなるので、違う雰囲気をもつようになるのでは? 

中村 もともとエレクトーンをやっていた家内もピアノをやり始めて、子供達もピアノを習っているので、宮地楽器のクリスマスパーティーには家族でもう3回ださせてもらっているんです。初めてのときみんな立ち上がって拍手をしてくれたんですよね。
垣根なくほめられた感じがして素直にうれしくて。義父も60歳でピアノを始め、コンサートを見にきてくれて、荒川さんのバンド「シルバースターズ」にも後ろでやっていただいて、義父も荒川さんとお近づきになれて感謝しています。
ただ流れにまかせてピアノとつきあってきたんですけど、急にピアノが占める部分が大きくなってきて、人とのつながりができてとても楽しい。

志賀 僕も一番うれしいのは仲間がふえたこと。ずっと仕事しかしてこなかったので。ピアノ仲間と飲む機会があったりして、友達が増えました。杉本さんもその1人なんですけど、6〜7人でバンドを始めたんですね。みんな音楽の好きな人ばっかりだったので、パートもすんなり決まって、吉祥寺のライブハウスを借り切って何回かパーティーをやりました。今、休止していますが、またそのうちに。思いがけなくとても楽しい音楽人生、ピアノ人生が続いています。



−−これからの夢などあれば聞かせてください。

橋本 エレキギターはバンドでやるものなので、1人で弾いていても形にならないけれど、ピアノは1人で弾いて音楽になるのがうれしいです。人前で1曲弾けるようになるのが夢です。

大浜 私がつくった曲を先生にアレンジして貰って、ダンスの曲が10曲ほどもうすぐ完成してCDを出せそうなんです。ピアノを習って夢がどんどんかなえられていくのがうれしい。ピアノを中心にしてお友達が拡がっていく。ピアノを習ってよかったです。いつか雰囲気のあるホテルなんかで1曲演奏してみたいですね。

中村 娘が結婚するときに、家族で昔やった曲を弾いてあげることが僕の夢。何がどうしてこうなったのかわかりませんが、ピアノからもう離れられない感じです。

(以上敬省略。武蔵小金井・レストラン エルドラドにて)


 
中村 旭さん

中村 旭さん
昭和39年生まれ、41歳
レッスン歴6年
外資系会社勤務

水泳もやっていますが、ピアノの緊張はレース前の緊張とは違って、背筋がピンとするような気持ちになります。クリスマスパーティーには毎年家族で出させていただいています。7月の発表会と合わせて、年2回の発表の場が、生活に組み込まれていて、ピアノを中心に家族ぐるみいいリズムで楽しませてもらっています。


中村 旭さん

中村一家。下は家族で演奏したときのひとこま。

中村 旭さん



大浜正一さん

大浜正一さん
昭和22年生まれ、58才
レッスン歴2年

ピアノのレッスンはダンスに比べて安いので驚きました。レッスンではお金以上の大切なものをもらえるので、金額は関係ないです。プロに習うと自分の実力がついていくのが目に見えるし、自信がつきます。ピアノだけでなくいろんなものに対して自信ができ、次の目的ができます。ピアノを始めて世界が広がったことがとてもうれしいです。


大浜正一さん ダンス歴は25年。          で踊ったときの大浜さん。ピアノを習ったのはダンス音楽の作曲の幅を広げたかったからという大浜さん。「パソコンの教室で出会った先生がアレンジもできる方で、私がつくったメロディーを見事にアレンジしてくださいました」。




三浦隆宏さん

三浦隆宏さん
昭和36年生まれ、44歳
レッスン歴11年 ホテルマン

家での練習は「クラビノーバでヘッドホン」です。ピアノは弾けるようになるのはものすごく大変ですが、弾けなくなるのはすぐですね。10回発表会に出ていますが弾ける曲はないんじゃないかな。自慢になりませんけど。40を過ぎて「ピアノは体力」と感じています。何年か前までは休みを入れつつ6〜7時間平気で弾き続けていたんですが、最近は30分も弾くと疲れちゃって。リストのラ・カンパネラが弾けたらやめてもいいと思ってたんですが、念願かなって去年の発表会で弾くことができました。目標は達成しましたがやめるどころか、まだまだ弾きたいです。今年の発表会では先生と合奏も。ほかの楽器と合わせるのも楽しいですね。

三浦隆宏さん

「おとなのはれ舞台」での晴れ姿。




橋本雄太さん

橋本雄太さん
昭和44年生まれ、36歳
レッスン歴1年
公務員

体験レッスンから始めた『瞳を閉じて』は3ヶ月で弾けるようになりました。ふつう楽器のレッスンというと曜日と時間が指定されますが、宮地楽器のジョイフルピアノコースは、先生のスケジュールの範囲内で次回のレッスン日を決められるので、社会人でも続けられるのがいいですね。エレキギターをずっとやってきましたが、ピアノをやって譜面の基本的なことはわかってよかったと思います。

橋本雄太さん

津田みなみ先生と橋本さん




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