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music in life 〜vol.2 座談会レポート(前半)〜

ピアノを始めてよかった…

思いがけない音楽の輪が拡がっています。

年代は30代から70代。宮地楽器 大人のための音楽教室でピアノのレッスンをしている8名の男性に集まって頂き、ピアノとのつきあいを話していただきました。年代はさまざまですが、今回の座談会をきっかけに、10月15日には友達を誘って、男だけのリサイタルを行いました。

−−ピアノとの出会いを聞かせてください。

 

志賀 会社の女の子が結婚することになり、「2次会で何かやってくれませんか」と言われまして。ピアノはさわったこともなければ楽譜も読めなかったのですが、よせばいいのに、娘のピアノを借りて練習し始めたのが最初です。曲はジョン・レノンの『イマジン』。CDを約半年くらい毎日聴いて、ワンフレーズずつ。なんとか独学で覚えました。

−−本番はどうでした?

 

志賀 まあうまくいったつもりなんですが、弾き語りだったので来ていた外国の人に聞いてみたんですよ、「発音はどうだった?」と。すると「そんなことはどうでもいい。やったことが素晴らしい!」と言ってくれて。それで妙に自信がついてしまったんですね。少し習えばすぐにできるだろうと思ったんですけど、いざ習ってみるととんでもない。難しいものですねぇ。

荒川 ほんとうに。55才で退職して、たまたま教えてくれる人がいて、中学から放り出していたギターを始めたのですが、64才のときバンドのキーボードのパートが欠けたので挑戦しようということでピアノを習い始めたんです。だけど「ド」の場所もわからない。そこからのスタートでした。

橋本 僕も音楽経験はエレキギターだけです。中学からやってたんですが、ほかの楽器もやってみたくなって、宮地楽器に大人のレッスンクラスがあると知って始めました。始めてまだ1年足らずです。きっかけは『冬ソナ』や『瞳を閉じて』を弾きませんか?というような広告だったと思います。『瞳を閉じて』からレッスンを始めました。

−−今のバンドは違う?

 

今は学生をあきらめて「プロになる」と勝負をかけないとできない。僕らの時代でも4〜5才下になると、僕らより全然上手いのに、一般の人を前に演奏を聴かせる機会は少なかった。不完全燃焼だったのだと思います。僕らはやるだけやったからみんな自分の実力を知っている。だから、その後それぞれ別の正業についたんです。

−−天野さんは定年退職の日を期してレッスンを受け始めたとか。

 

天野 ええ。小学校時代、60年も前の話なんですが、通っていた中野の区立小学校の先生が、ピアノの和音の音を当てさせるソルフェージュのようなことを授業でしていまして。それが不思議によくできましてね。ほめられて気をよくしたのか、音楽が好きになったんですね。おじがアコーディオンをもっていたり母の郷里の家にオルガンがあって、さわることはありましたが、大学を出てから40年、結局1度もピアノを習うことはありませんでした。かねがね仕事が終わったらぜひピアノをやりたいと思っていたので、65才で引退したその日に、宮地楽器へ飛び込んだんです。今年の発表会で連続10年の賞をいただきました。

−−みなさん何かしら音楽との接点があったのですね。

 

大浜 私はちょっと経緯が変わっていて、ダンス音楽をつくりたくてピアノを始めました。30代から始めたダンスに、もともと好きでやっていた作曲を結びつけたいという夢をもちまして。それまではギターで作曲していたんですが、ピアノが弾けたら作曲の幅が広がるだろうと思ったんです。



デジタルな毎日に疲れたとき音楽をやろうと思いました(中村さん)


−−杉本さん、中村さん、三浦さんは子供の頃にピアノをやっていたそうですが。

 

中村 僕は子供の頃に母に習わされてから、なんだかんだとピアノがいつも近くにありました。幼稚園から始めて2年生くらいでやめたんですが、中学で又弾きたくなって、楽譜を買ってきて再開しました。大学で東京に出てきてからは下宿にピアノを置けないので、親戚の家で弾いたりしていました。銀行に勤め、初ボーナスで買ったのがクラビノ−バ。4畳半の独身寮に置いて狭いところで弾いていましたし、留学先のアメリカでも勿論ピアノを買いましたよ。
習い始めたきっかけは、いま思えば、35才のときに外資系の会社に転職したことだったかもしれません。イエスノーを即座にくり返していく毎日で、1年くらいたった時に精神的に疲れまして。このままではいけないと思って、実は尺八をやろうと思ったんですよ。仕事とは真逆のアナログ的なことをやりたいなと思って。でも練習するときの音がネックになることがわかり、やっぱりピアノに行き着きました。新たに買ったクラビノーバの性能がすごくて、バックをつけてくれるのでジャズをやろうかという気になりまして、先生にジャズを教えてもらって5年になりますが非常におもしろいです。

(続く)


 
志賀さん

志賀さん
昭和26年生まれ、54才
レッスン暦7年
会社役員。

新しい曲をやるときはワクワクします。1曲やっては前のを忘れるのでレパートリーがふえないのが悩みのたね。宮地楽器で知り合った仲間とバンドをやるようになりましたが、ライブでやるのもせいぜい10曲です。ポップスやロックが好きなので、これからも続けていきますよ。


志賀さん

ピアノ出演したライブでのひとこま。


杉本さん

杉本さん
昭和33年生まれ、46才
レッスン歴6年
会社員

譜面を見ると音をはずしてしまうんです。見ながら弾けないのが悩みのたね。クラシックは好きですがジャズピアノもやってみたいですね。
ショパンが好きです。ショパンが死んだのが39才のときで、ちょうど自分がスキーでケガをして2回目の手術を受けたときと同年齢。勝手にそれに自分を重ね合わせたりしていて、思い入れがあります。ピアノのために朝、拳腕立てをしています!


杉本さん

杉本さんが店内のピアノに向かう。ごく自然な雰囲気。


天野さん

天野 肇さん
昭和4年生まれ、75才

発表会のときは暗譜しますが、暗譜したものをすぐに忘れてしまうんですよね。去年やった曲が弾けない。やった曲は繰り返し弾くように心がけているんですがね。譜を見ながら弾くというのがぜひやりたんですけど、譜面を見ると手元がおかしくなる。
今日、ピアノ歴の長い三浦さんにして、弾けるようになるには時間がかかる、という話を聞いてとホッとしました。好きなことは何才からでも始められるもの。それを実感しています。


荒川さん

荒川 清さん
昭和11年生まれ、68才
レッスン歴3年

戦後、バタヤン(田端義夫)に勇気づけられましてね。退職後バンドを組み、小金井市内の在宅介護支援センターなどで演奏しているんです。
ギターをやっているとヘ音記号の譜面がよめないんですよね。ドレミと書くのは恥ずかしいので見えを張ってCとかDとか楽譜に書き入れています。
今は名塚先生にコードを教わっているんですよ。歌謡曲ばかりやっていたんですが、ピアノをやるようになってジャズも好きになり、ジャズピアノのCDを聴くようになりました。左利きなので、右手の音が弱いそうで、強めに弾き過ぎたら右の小指をつき指しちゃって大笑いされまして。70になったときには、兄弟の前で3曲だけは弾きたいと思っています!


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